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はじめに

 このところ時が速く去るようになった。あながち齢のせいばかりでない。週末は山小舎か登山に出かける。多摩では毎朝ニュータウンの遊歩道を1時間歩く。自ずと四季を感じるようになる。

  長い間、忙しい職場、眠りに帰る宿舎、これをつなぐ満員の通勤電車の、今考えればまことに単調な生活で麻痺していた感性が少しずつ蘇ってきているのだろうか。たしかに温度が調節されている建物や乗り物、保温や通気がよく軽い衣類、豊かになったようにみえるが旬を失くした食事では、まず四季を敏感に知ることはない。現代の人々は快適な豊かな生活の代償に四季を感じなくなり、自然への感性を失くしたと言う人もいるが、選択してこの道をたどったのではなく、ただひたすらまじめに生活してきただけであろう。亡くなった作曲家中田喜直さんの美しいメロディー「めだかの学校」、「夏の思い出」、「ちいさい秋みつけた」、そして「雪の降るまちを」がみんなに親しまれているように、皆心の奥では四季を求めているのではないか。

  46億年前に誕生した地球に、その公転と自転、太陽との適度の距離のおかげで循環が生じ、生物が生まれ、その一員として人類がある。先人はこの循環機能がよく発揮されるよう水や土に働きかけ、人類の生存基盤を創造してきた。これを現代において業として継承していると自負する身が、今四季を新しく覚えるようになったことを悦んでいる。

  7年前、八ヶ岳西麓蓼科高原の落葉松林に土地を借り、ログハウスの山小舎“山花開”を設けた。デッキ、テーブル、炉、車庫、陶芸窯などを手作りしたり、木や花を移植し、小さいながらも自分たちの山小舎らしくなってきた。庭つきの住まいをもてなかった私たちにとっては大きな喜びである。四季それぞれよく、訪ねてくれた友人ともども愉しんでいる。

  家内は植物の手入れや絵、陶芸、リース作りを楽しんでいるが、私も大学卒業以来30数年ぶりに山歩きを再開した。最初は一人でも歩ける北八ヶ岳を、次に登山経験の豊富な友人と南八ヶ岳を、加えて登山学校で訓練を受け日本アルプスヘと夏、冬を通して足を延ばしてきている。昨年は友人と二人で、今年は単独で南米アコンカグアにも挑戦し、6,962メートルの頂上に立つことができた。

工務店から記念に額をいただいた。

 山小舎建築を請け負った工務店から記念に額をいただいた。経営者のお仲人をされた僧職の筆で


かってでなく
いつかでなく


とある。今の私たちにとってありがたい辞である。

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